「お通夜の席だから、仕事帰りのダークスーツのままでも失礼には当たらないだろう」
「いつも通りネクタイの結び目にきれいなディンプル(くぼみ)を作り、立体的な美しさを整えよう」
日々ビジネスの戦場で多忙を極め、常に周囲をリードする装いを意識されている方ほど、葬儀の席に臨む際にも、普段のビジネスの延長線上にある洗練された感覚をそのまま持ち込んでしまいがちである。
相手を尊重し、きちんとした姿で駆けつけたいという真摯な想いがあるからこその判断であり、そのお気持ち自体は十分に理解できるものだ。
しかし、お葬式や告別式といった大切な方の最期に向き合う弔事の席においては、ビジネスシーンとは180度異なる、すべての大人が共有しておくべき絶対的な大前提が存在する。
それは、「葬儀の場においては、一切の装飾や自己主張を完全に排除する」ということだ。
葬儀などにおける最高の敬意とは、自らの存在感を極限まで引き算し、ただ故人を静かに偲ぶ佇まいに徹することに他ならない。
この記事では、普段の「威厳や貫禄」をあえてクローゼットの奥へと仕舞い込み、深い哀悼の意を形にするためのネクタイの結び方や、喪の席における絶対的なドレスコードの規律を誠実に解説していく。
さらには結婚式にも着回せる光沢のある礼服とお葬式のための喪服の違いも解き明かす。
お見舞いの際の服装マナーについてはコチラの記事から。
結婚式に参加する際のスーツの選び方について詳しく解説した記事はコチラから。
完璧に自分を消し去る漆黒の引き算があって初めて、リーダーの底知れない人間力と誠実さが証明されるのである。
目次

具体的な服装の規律に入る前に、まずは我々リーダーが参列する「お葬式」の3つの場面の本質的な違いを、簡単におさらいしておきたい。
ここを曖昧にしたままなんとなく参列しているようでは、言葉の重みも佇まいの格も生まれないのだ。
お葬式とは下記で扱う3つの場面の総称と言う。
■お通夜
故人の親族や親しい人々が、文字通り「夜通し」故人に付き添い、最後の別れを惜しむ儀式。
かつては「急な出来事に急いで駆けつける」という前提があったようだが、現代においての実際の運用意義としては「平日の日中の葬儀に参列できない方が、仕事を終えた夜に駆けつける場」という側面が大きいだろう。
また諸説あるとは思うが、お亡くなりになった後、故人がひょいと目を覚ますような奇跡的なことが起きた時の為に一晩だけおく、という話が由来であるとも先輩方達から聞いたことがある。
■葬儀
故人の冥福を祈り、故人をあの世へと送り出すための「儀式」である。
遺族や親族が主役であり、厳格な規律と最大の配慮が求められる極めてフォーマルな場である。
■告別式
友人や会社の同僚やビジネス関係者など、生前に縁のあった人々が故人に「最後のお別れの挨拶」をするための儀式である。
現代では、葬儀の直後に続けて行われることが一般的だ。
つまり、お通夜は「お別れの夜」、葬儀・告別式は「公式なお別れの場」といった違いがあるのだ。

ここで再度強調しておきたいポイントがある。
それは、個人的には「絶対に間違った装いをしてはならない」という最もゆるみが許されないナンバーワンのシチュエーションこそが、お葬式や告別式といった大切な人終わりに向き合うフォーマルの席である。
■お通夜のという名のひっかけに要注意
よくマナー本などでは、「お通夜は急な駆けつけを意味するため、前もって準備していたと思われかねない礼服や喪服ではなく、暗めのダークスーツの方が望ましい」などと言われていた。
しかし、私は昨今のシビアなビジネスシーンや地方社会の現実を見てきて、明確な肌感(リアル)を持っている。
それは現代において、お通夜であっても「ブラックフォーマル(礼服)」や「喪服」を着用して参列することが、すでにスタンダード(大前提)になりつつあるということ。
また、お通夜はダークスーツの方が望ましいといったマナーに便乗して「お通夜だから」と、普段から着る暗めのビジネススーツなどで済ます行為などは、もってのほかである。
もちろん、その後に続く葬儀や告別式などに参列する際は、主催者(遺族)であろうと参列者であろうと、一切の迷いなくブラックスーツ、いわゆる冠婚葬祭用の「礼服」や「喪服」を完璧に着こなさなければならない。
■ 礼服と喪服の違い

ここで、多くのビジネスパーソンが混同し、うっかり恥をかいている致命的な境界線に釘を刺しておく。
実は、結婚式とお葬式のどちらにも着回せる万能な「礼服(ブラックフォーマル)」と、お葬式のためだけにつくられた「喪服」とでは、生地の設計が根本から違うのだ。
その要因のひとつが、礼服の中には華やかな祝いの席(結婚式など)にも対応できるよう、生地の表面に極めて微小な「光沢(ツヤ)」や上品な織り柄が乗せられている個性的なものが稀に存在するからだ。
しかし葬儀の席における絶対的な正解とは、光を吸収し、漆黒の闇を思わせるような「光沢がない無地の黒」である。
「黒であれば何でもいいだろう」と、ビジネス用の黒いスーツや、祝いの席のツヤが残ったデザイン性の高いタイプの礼服をお葬式に着ていけば、強い照明や太陽光の下でその光沢が浮き彫りになり、周囲から「不謹慎な軽さ」として完全に見透かされる。
だからこそ、我々は一切の光を拒絶した漆黒を選び取らなければならないのだ。
■過度な心配は不要|王道の「冠婚葬祭用」を選べば間違いはない
しかし、こう書くと「では結婚式用とお葬式用で別々に2着の礼服を買わなければいけないのか」と深い迷宮に入り込んでしまう者がいるかもしれないが、そこまで過度に怯える必要は全くない。
確かに、少々華やかなきらめきがある結婚式などの「祝いの席」に重きを置いた個性的な礼服も世の中には一部あるようだが、実際のところ私が礼服を購入する際にもそのような極端なモデルは滅多に見かけないのだ。
そもそも現代の日本のフォーマル市場において、紳士服店や路面店で「冠婚葬祭用の落ち着いた礼服」として売られているベーシックな一着をチョイスすれば、それ自体が最初から「葬儀でも着ていける光沢を排した深い無地の黒」で設計されている。
つまり難しい選択はまったく不要であり、ベーシックな冠婚葬祭用の礼服をチョイスすれば、葬儀の場にも完全に適した漆黒の装いを確実に手に入れることができるのだ。
奇をてらわず、標準的で落ち着いた冠婚葬祭用を仕立てる。
その基本的なルールさえ守っていれば、お通夜や葬儀の席で周囲から後ろ指を指されるような大失敗は回避できるのである。

お葬式というシチュエーションは、ある日突然、何の前触れもなくやってくる。
そして、その瞬間に高確率で発生する「致命的なアクシデント」がある。
■所在不明、または虫食いによる穴ぼこ
普段から頻繁に着るものではない喪服や礼服だからこそ、
「最後に着用した後にクリーニングに出したまま、どこへ片付けたか分からない」「いざタンスの奥から引っ張り出したら、黒いネクタイだけがどうしても見つからない」「虫食いにあって穴ぼこが発生している」といった、お粗末なアクシデント劇が高確率で家族の誰かに発生するのだ。
■パツパツの礼服
さらに、礼服を長い間着る機会が無かったのであろう。
私はこれまでの葬儀の席で、体型変化の結果、サイズが全く合わなくなったパツパツの礼服に無理やり体をねじ込み、ボタンがちぎれそうなほど張り詰めた姿で参列されている方を何人も見てきた。
不幸の知らせが届いてからでは、1分1秒を争うため、サイズを直す時間も、新しい礼服を買いに走る時間も残されていないケースがほとんどである。
だからこそ、何もない平時のうちに「定期的な管理」をしなければならないのだ。

そして我々経営者が絶対に踏み外してはならない、フォーマルにおける最大のタブーが存在する。
それは、一般の参列者という立場で葬儀に参列する際、主催者である喪主や遺族の格を追い越してはならないという絶対的な規律である。
そもそも今でこそあまり気にしないが、葬儀における喪服は格式によって明確に区分されているのだ。
現在ではあまり見かけなくなったが、大規模な葬儀などの格式高い場において喪主や親族といった主催者側のトップが着用する最も格式の高い装い。
それが「正喪服(モーニング)」である。
そして、我々が一般的に着用するブラックスーツ(喪服)は、その一段下に位置する「準喪服」にあたるのだ。
■ルールを無視した「格の逆転」は最悪の無礼となる
先ほどもお伝えしたが、お葬式という場においては「一般参列者は遺族(主催者)よりも格式の高い装いをしてはならない」という絶対的な規律がある。
それにもかかわらず、喪主や遺族側が急な不幸で万が一「準喪服(ブラックスーツ)」で深い悲しみに耐えている中、いち参列者に過ぎない人間が格の高い正喪服、あるいはそれに準ずる過剰な格式の装いで現れたらどうなるか。
それは敬意の表明ではなく、遺族の格を完全に潰し、公衆の面前で恥をかかせる不敬(無作法)になってしまうのだ。
自分が一般の参列者であるならば、あえて一歩引いた「通常の礼服(準喪服)」をルール通りに、隙なく着こなして行くことが遺族への最大の配慮となる。

装飾を削ぎ落とす引き算の規律は、首元から足元に至るまで、隙なく徹底されなければならない。
■黒のロングホーズとストレートチップという正解

まあ正直なところ、お葬式の席に参列する際、個人的にはビットなどが付いていない極めて上質で品のある紐無しタイプの革靴も許容範囲内といいたいところ。
しかし足元の装いで最も間違いないのは「黒のホーズ(長靴下)」と「黒のストレートチップ」の組み合わせである。
スーツに合わせる革靴の選び方について詳しく解説した記事はコチラから。
またホーズを選ぶ際は、必ずふくらはぎまでくる長さのソックスを選択すること。
間違っても、歩いたり座ったりした際にふくらはぎやくるぶしが露出する短いソックスや、スポーツソックスなどを選んではならない。
ビジネスの一線を走っているリーダーたちが、椅子に腰掛けた瞬間にスラックスの裾からスポーツブランドのロゴが見えたりしたら、その瞬間にそれまで築き上げてきた評判は地に落ち、周囲から笑いものにされるであろう。
■裾は「シングル一択」が絶対

そして普段のビジネススーツスタイルにおいては、足元に重厚なボリュームを持たせるためにダブルの裾をチョイスしている方が非常に多いと思う。
しかしフォーマルの席、とりわけ葬儀の場においては、裾のデザインは「シングル一択」である。
ダブルの裾はもともと雨の日の泥除けというカジュアルな由来を持つため、厳粛な悲しみの場には完全にチグハグなのだ。
スーツの選び方を解説した記事でも触れたが、私はもともと普段のスーツからクラシックなシングル一択派である。

手元、胸元、そしてポケットの中。
普段の「攻めの外見戦略」で身に付けている武器を、この葬儀という場ではすべて解除しなければならない。
■ ワイシャツは「白無地」一択|Vゾーンにもカジュアルは不要
首元や胸元の印象を支えるワイシャツの規律も、葬儀の席においては冷徹なまでにシンプルにすることが大切だ。
そこに選択肢など存在しない。
色柄は白無地の一択。
襟の形はレギュラー、あるいはセミワイドカラーまでが教養範囲といったところだろう。
ここで普段のビジネスシーンと同じ感覚でうっすらと織り柄が入ったシャツや、ボタンダウンシャツなどをそのまま着ることは言語道断であり、襟裏に色柄が入ったものや、カラーボタンのついたシャツなども論外である。
威厳、貫禄のスーツスタイルにおけるワイシャツの選び方について詳しく解説した記事はコチラから。
■ネクタイは黒無地一択であり、ディンプルすら作らない

当然だがネクタイも喪服や礼服と合わせて黒無地の物を選ぶこと。
そしていつものビジネスシーンと同じ感覚で、ネクタイを締める際に美しいディンプル(結び目の窪み)を作って立体感を出し、貫禄を演出しようとするのは、この場ではただの「無作法」となる。
長年の習慣で無意識に手が動いてしまうかもしれないが、その癖に気を付け、プレーンにまっすぐ結ぶ。
また胸元のポケットチーフやネクタイを固定するタイバー(ネクタイピン)、きらびやかな装飾用アイテムも一切不要だ。
すべてを外すことを心がけよう。
威厳、貫禄のスーツスタイルにおけるワイシャツの選び方について詳しく解説した記事はコチラから。
■鞄や腕時計に潜む「個人的な趣味」を排除する
また荷物がある場合は極力小さな鞄を選び、クロコダイル(ワニ革)や、光沢のあるきらびやかな素材は控えることが重要だ。
腕時計についても同様であり、革ベルトがいつものクロコダイルのベルトしかない場合は、時計のベルトという極小の面積であれば許容範囲内ではあるが、絶対的にカーフ(牛革)の黒ベルトの方が望ましい。
金属製であれば、目立たないステンレスモデルの3針ドレスウォッチが良い。
ただし、スポーツウォッチ、デジタルなスマートウォッチ、そして文字盤にメカニカルな主張が並ぶ多機能なクロノグラフなども、すべてこの場にはふさわしくないため控えよ。
文字盤の色もシルバー、白、黒などの目立たないカラーのものを選ぶこと。
もし、この厳しい規律にふさわしい時計を持っていない、あるいは自分の時計選びに少しでも自信が持てないのであれば、「時計を一切付けて行かないこと」が究極の最適解である。
経営者が選びべき腕時計の正解について詳しく解説した記事はコチラから。
結論を言おう。
葬儀の場における外見戦略とは、「一切の装飾や自己主張を完全に排除すること」に他ならない。
ビジネスの場で「おしゃれ」を目指すから失敗するという理屈の頂点が、このお葬式の席だ。
自分をアピールしたいという自己顕示欲を100%消し去り、ただ静かに遺族や故人の気持ちに寄り添って喪に服す。
その内面にある深い敬意と無言の配慮や思いやりこそが、周囲の参列者に「あの人は違う」「本物の規律と礼儀を知っている」という、他とは一線を画す圧倒的な品格を直感させるのだ。
出すことだけが能ではない。
完璧に個性を消し去る漆黒の引き算があって初めて、あなたというリーダーの、底知れない人間力と誠実さが無言のまま雄弁に証明されるのである。