一張羅のスーツを仕立てる、あるいは既成スーツを選ぶ際、サイズ感や色柄、全体のデザインといった「目に見える美しさ」にこだわるのは、もはやビジネスリーダー達のスーツ選びにおいては当然の大前提である。
仕立ての美しさやディテールといった外見の要素については本質であり、譲れないポイントであるということは言うまでもないだろう。
しかし、装いの世界には、それらと同等、あるいはそれ以上に重要視すべき極めて重大なポイントが隠されている。
それは、スーツとは単なるコスプレではなく実際のビジネスシーンにおける様々な動きに対応する極めて実戦的な装いでなければならないという事実だ。
どれほど表面的なシルエットが完璧であっても、袖を通した瞬間に身体が縛り付けられるような窮屈さを感じるようでは、リーダーの戦闘服としては意味をなさいのである。
この記事では、圧倒的な威厳と「動きやすさ(機能性)」を両立させるための選択に関する規律を深く解き明かしていく。
目次

我々ビジネスリーダーたちは日常生活やビジネスの現場において、常に身体を動かしている。
物を取るために腕を上げたときや腰をかがめたとき、資料を取るために手を伸ばしたとき、あるいはデスクの上でペンを握り文字を書くとき。
これらの日常のあらゆる動作において、窮屈さや動きづらさを感じてしまうスーツは、ビジネスリーダーの装備として決してお勧めしない。
なぜなら、動きが制限される装いは、あたりまえだが立ち振る舞いをぎこちなくさせ、作業の効率を落とし、知らず知らずのうちに内面へ余計なストレスを蓄積させてしまうからだ。
さらに、動きづらいということは、衣服のどこかのポイントに身体の動きを阻害する無理な負担がかかっている明確な証拠である。
それはサイズや形が自分の身体の構造と噛み合っていない歪みの表れなのだ。
もちろん既製スーツやゲージ(型)をベースとした、主にパターンオーダーやイージーオーダーのスーツにおいては、ありとあらゆる体型に合わせるために作られたゲージの中から調整をしていくため、ある程度の許容範囲という名の「割り切り」は必要になる。
しかし、実際に着用して体を動かした際に、明らかに動きにくい感じや窮屈さを感じるスーツを無理に使い続けると、動いた際などに負担がかかっている箇所から衣服のシルエットが不格好に歪み始めるのだ。
結果として、細部の美しいラインが失われ、維持すべき堂々たる佇まいそのものが崩壊してしまうのである。

しかし、残念ながら、衣服の表面的なデザインだけに重きを置いた装いを実際の現場に投入してしまい、「動きにくい」と後悔してしまうケースが多いのも事実だろう。
そんな後悔をなるべく遠ざけ、日常のパフォーマンスを高い次元で維持するためには、身体の構造と衣服の関係を正しく見極める客観的なチェックポイントが必要になってくる。
ここでは私のこれまでの経験から、特に見落とされがちな3つの盲点について解説していく。
① 腕が上げづらい(アームホールの盲点)

まず試着の段階、あるいは袖を通した瞬間に最も陥りやすい落とし穴が、「アームホール」の設計だ。
腕が上げづらい、あるいは前に伸ばしにくいと感じる原因のひとつが、アームホールの底(下側の位置)が深く、低い位置に設計されていることにある。
先ほどもお伝えした通り、ありとあらゆる体型の人間に対応しなければならない既製スーツや、ゲージ服をベースにするパターンオーダーなどでは、腕が太い人でも問題なく袖が通るように、アームホールが広め(深く低い位置)に作られていることがある。
アームホールが広く位置が低いスーツは、袖を通す(羽織る)最初の瞬間は、驚くほど引っかかりがなく着やすく感じてしまうのだが、いざその状態で腕を上げようとすると、アームホールの底の位置が低すぎるがために、腕の動きに連動して脇腹や腰回りの生地まで一緒に引っ張り上げてしまう。
結果として生地が引きつれ、腕が著しく上がりにくくなるという逆転現象が起こることがよくあるのである。
ただし、このアームホールを高めに調整をする際も、やみくもに脇の下をただ窮屈に狭めるのではなく、本人の骨格に沿うよう、ミリ単位で丸く立体的に包み込む必要があるのだ。
この緻密な技術があって初めて、密着しているのに全くストレスのない、皮膚の一部のような可動域が完成する。
② 腕を上や前に動かした際の引っかかり(背中・肩周り)

次にチェックすべきは、デスクワークでキーボードを叩く際や、資料を取るために手を前に伸ばしたときの「背中と肩周り」の連動である。
腕を動かした瞬間に背中が突っ張るような感覚がある場合、それは肩甲骨や肩周りの運動量を担保するための生地のゆとり(遊び)が不足しているケースが多い。
動かしやすさを物理的に確保するために「アクションプリーツ」などのデザインを取り入れたスーツも市場には存在するが、ビジネスの公式な場で求められる端正なシルエットを維持しながら、動いた際に必要なゆとりを美しく持たせられるかは、仕立てる職人の腕や型紙の精度に大きく委ねられているのだ。
また、現代のアパレル市場には生地自体がゴムのように伸びる「ストレッチ素材」のスーツも増えているが、それらは紳装堂が提唱する威厳スタイルとは程遠く、クラシックで風格あるスタイルはストレッチ素材では決して完成しないと私個人的には感じている。
また過剰な伸び縮みによって衣服の表面に不自然な波打ちを発生させ、仕立ての美しい直線を台無しにしてしまいかねないのだ。
我々が真の一張羅に求めるのは、上質な自然素材で仕立てられ、高度な技術によって身体の動きに完璧に追従させる真の機能美なのだ。
■ ③ 腰をかがめた時・歩く時のパンツの突っ張り

最後に、ジャケットと同様、椅子から立ち上がった瞬間や腰をかがめた際にお尻から太ももがパツパツに突っ張らないよう、パンツのつくりにも厳しい規律を敷かなければならない。
紳装堂の威厳スタイルにおいて、パンツのフロント設計は「ツータック(2プリーツ)」が絶対的な規律である。
ツータックを入れることで、骨盤や太もも周りに動きやすさのための十分なゆとりを確保しつつ、立った時には生地が美しく畳まれてシャープでありながらも風格のあるクラシカルな印象を維持できるのだ。
さらにパンツのシルエットは、裾に向かってストンと綺麗に落ちる「ストレート」のデザインであることを必須とする。
なぜなら昨今の極端に細いテーパードは動きを著しく制限し、大人の威厳を損ねてしまうのと同時に、一気にフォーマル度が落ちるのだ。
そして、足元の見え方を完璧に整えるために、裾が不自然に広がってフレアしない程度を厳格に見極めながら、歩いた際に靴との干渉を防ぎ美しい直線を描くよう、裾回りは若干大きめにゆとりを持たせて調整するのもおすすめ。
このパンツの設計こそが、歩行時や起立時の佇まいに圧倒的な安定感をもたらすのだ。

ここからは見た目の洗練さと、実際のビジネスシーンに耐えうる実用性を両立させるために、私たちが実際に現場で取るべきアクションを具体的に解説する。
■既製スーツ、またはパターンオーダーやイージーオーダーで仕立てる場合
まず外見のサイズ感やデザインを徹底的にこだわるのはもちろん大切だが、その場で鏡を見るだけで終わらせては決してならない。
試着の際には必ずシャツの上からジャケットとパンツを着用し、日常の動作を再現すること。
外からは見えない部分である「アームホールの位置」や「肩周りの作り」、そしてパンツのヒップまわりのサイズ感などを、腕を上げる・前に伸ばす・腰をかがめる・歩くといった動作確認でしっかりと確認することが大事である。
その際に、調整が可能な箇所であれば出来る限り体型に合わせた調整を行うか、動作確認で問題がないゲージのスーツを納得したうえで購入していただきたい。

■フルオーダーでスーツをあつらえる場合
次にフルオーダーでスーツを仕立てる場合には外見のデザイン、生地の色や柄を決める楽しさに没頭するのと同時に、必ず「アームホールの位置」や「動かしやすさ」の確認をルーティンとしてプロセスに組み込むことが重要である。
オーダーでスーツを仕立てる際は意外と決めることが多く、デザインや柄などに多くの時間を割いてしまい、実用的な細かい部分がおろそかになってはいけないのだ。
せっかくオーダーでスーツを仕立てるのだから、実際に仕立てに入る前や仮縫いの段階で、腕を動かした際の窮屈さや突っ張り感はないか、そしてパンツがツータックのストレートラインを保ったまま裾回りに絶妙なゆとりが確保されているかなどの点をテーラーの職人さんとしっかりと確認を行い、ご自身の感想を正直に遠慮なく伝えること。
そして、日常のビジネスシーンで起こり得る動きを見据えた対話をした上でオーダーをしていただきたい。
オーダーの種類について詳しく解説した記事はコチラから。
最後に、ここまで読んでいただいた上で、具体的な紳装堂独自の威厳スーツの作り方についてコチラの記事を参考にしていただきたい。
・「ビジネスの動きに対応する」という大前提を守る:どれほど外見が整っていても、腕を上げる・腰をかがめる・文字を書くといった日常の動作で窮屈さがあってはならない。
・アームホールの「着やすさの罠」を見抜く:袖を通す瞬間に楽に感じる「深く低いアームホール」は、腕を上げたときに脇腹の生地を引っ張り上げて動きを著しく阻害する盲点となる。脇のカーブに完璧に沿う立体的な仕立てが必要だ。
・ストレッチ素材の安易な伸びに逃げない:化学繊維による過剰な伸縮は、衣服の表面に波を発生させ、直線美を失いかねない。そして個人的には威厳あるスタイルには不向きであると考えている。
・ツータックのストレートパンツで下半身を制する:紳装堂の規律であるツータックで十分な遊びを作り、ストレートラインを維持する。フレアしない程度に裾回りを若干大きめに微調整することで、動作の瞬間にも美しい直線ドレープを維持せよ。
・動いた瞬間のシルエット崩壊を防ぐ:身体に合わない窮屈なスーツは、動いた際、無理な負担がかかっている箇所から細部のシルエットを不格好に歪ませ、佇まいを崩してしまう。
静止している時の美しさだけを求めるのは、真の装いの規律ではない。
また私たちが普段必要とするのは、コスプレでもファッションショーのような奇抜な装いでもなく、自らの身体の動きを受け止め、いかなる動作の瞬間にも美しい直線と威厳を維持する構造を持ったスーツなのだ。
ストレスのない圧倒的な機能性と細部への徹底したフィッティングが伴ったとき、あなたの放つ佇まいは、ビジネスのあらゆる局面において揺るぎない信頼を勝ち取る最強の武器となってくれるだろう。